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Resistance in Life !

「生き方としてのレジスタンス!」と言ったら大袈裟だけど、そうありたいな〜って、ちょっぴりまじめに考えている、30代半ばの、とあるオッサンの日記です。
http://www.teruyuki-tanaka.net/
4月のテーマ「戦略は細部に宿る」
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いつか来る日/セシル・テイラー、山下洋輔ソロ&デュオを聴く
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     初台の東京オペラシティコンサートホール、通称タケミツ・メモリアルで、セシル・テイラー、山下洋輔による、それぞれのピアノ・ソロ、そして両氏によるデュオを聴く。
     演奏内容よりも何よりも、まずは山下洋輔さんのミュージシャン史、その貴重な1ページに居合わせたという実感が強く残った。
     今まで山下さんのライブはいろんなところで何度も経験してきた。最も多く公演をこなしている邦人ジャズメンの一人だろう。だが、未だに1度も、いい印象を持ったことはない。

     私はジャズが好きで、そんなに詳しくはないがフリージャズと呼ばれるジャンルも聴く。ただどちらかというと邦人でフリージャズと呼ばれる音楽家では、富樫雅彦さんが好きだ。山下さんと富樫さん。一緒にやったライブも行ったことがある。ただし、これは4ビートのストレートなピアノトリオだったけど。
     さて・・。両氏の本来の活動内容、音楽性としては、富樫さんの方が断然好きだ。富樫さんやドン・チェリー、スティーブ・レイシーなどが持つ美しさ。何というか、決して金ピカなきらびやかさではなく、優れた陶器だけが持つ特有さ。そんな素朴なピュアさに憧れるからだ。当人の人生哲学、生き方がそのまま露呈され、決して取り繕いがない。皆が皆出来るような境地ではない。音を超えた、どこにも属さない不思議な空間性が感じられてならない。
     もちろん山下さんのキャリアや音楽性も凄いものだ。私の好き嫌いなど及ばない次元で高く評価されている。しかし、富樫さん達と違って、私的には、紡ぎ出された音に醸し出される神秘性が感じられない。良かれ悪しかれ、それが露骨に表立ったのは、昨年3月のオーネット・コールマンとの競演だと思う。

     オーネット・コールマンのカルテットにゲスト出演という、セッション的な競演だったせいもあると思うが、私が観た際のステージでは、山下さんはその中で、何も出来なかった。そんな勝手な記憶がある。山下ファンに怒られること承知で言えば、オーネットの存在や音楽性を海に例えるなら、その中で山下さんは巨大なタイタニック。進もうが沈もうが、大海原にはさして関係ない。まさにそういう公演だった。
     オーネット・コールマンにしても、本日のセシル・テイラーにしても、もはや生ける伝説だ。日本にいて滅多に遭遇出来ないこともあってか、その存在を特別視する。もちろんそうされて当たり前のジャズの巨人である。ミュージシャンとして競演出来れば、それだけで、大変なことだ。彼らの存在はそのくらい大きい。
     その稀有な機会の両方に、山下さんが絡んでいる。昨年のオーネットとの競演では、山下さんは「私のジャズ人生の中で、まさかこんな日が来るとは・・」と述べ、今回はセシルを何度も師匠と呼び、この機会が自らの、達ての切なる願いだと語った。

     後半、セシルと山下さんのデュオ。2人とも、まるでプロレスのように鍵盤を平手で叩いたり、ひじ打ちを乱打しまくった。私の席からは山下さんの汗をぬぐいながらも、必死に演る充実した表情が見える。ただただ現在に溺れていたい、そんないとおしさのみが溢れている。

     山下洋輔の挑戦_。
     無性に挑んでいくその姿勢を見たとき、私は自分の狭い好みなんか捨てた。現在進行形の優れたこのドキュメントに夢中に手を叩き、思わず「ブラボー」と叫んでいた。
     
     
     
    | - | 23:37 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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