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Resistance in Life !

「生き方としてのレジスタンス!」と言ったら大袈裟だけど、そうありたいな〜って、ちょっぴりまじめに考えている、30代半ばの、とあるオッサンの日記です。
http://www.teruyuki-tanaka.net/
4月のテーマ「戦略は細部に宿る」
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20数年振りのGoodbye Day
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     朝起きて、再婚相手の作った朝食を頂く。彼は米軍基地でレストランの現場責任者をしているので、調理はお手のものなのだ。母もここ数年同じくベース(米軍基地)で働くようになった。いつも朝5,6時には仕事が始まる。私が起床した時には、母はもうとっくに仕事に行っていた。その後、自転車を借りて、父の墓参りに出掛ける。

     まず自転車屋でタイヤに空気を入れた後、走り始める。河口の橋を渡る。途中で足を止め深呼吸。空気がうまい。15分ほど走り、花屋に寄る。菊を中心に色とりどりの花を買う。再び10分ほど走り、目的地に着く。自転車を止め、墓地のある山に登った。
     まずは墓の掃除。割ときれいだった。以前台風後に来た際、落ち葉が墓石にくっ付いていたり大変な様だったが、今回そんなことはなかった。一通り手入れを終える。
     墓から見て真正面には木が数本あり、枝が生い茂っている。ここに墓を建てた当時、これらの木々の枝はまだ短く、その先の風景がよく見えた。山の上なので、山下の家々、その先の米軍基地、そして海まで見えた。今日現在は葉が壁になり前方が見えない状態。ここ数年来るたびに葉を少し刈り、見晴らしをよくしている。これは父の墓のためでもあるが、木々にとっても良いことなのだ。
     余りに枝が無造作に伸び切ると通行の妨げとなり、見かねた誰がが木々の大もとから根こそぎ切ってしまうのである。かつてそういうことがあった。だからそうならないためにも、事前に枝を適度に刈ることは、木々に対する散髪のようなつもりでいる。この山では木々ともうまく同居し、共生していきたい。もっとも、私も死んでから入る場所なので、共生と言っていいのか(笑)。
     程よく枝は刈れた。ただ墓からみて頭上に覆いかぶさってくる枝まで、枝ハサミが届かなかった。これから夏にかけてこの枝えだはかなり伸びるだろう。そうしたらこの木だけが枝の重みで湾曲し、最終的に切り落されかねない。さて、どうしたものか_。
     最大限に手の届くところまで刈りこんで終了。墓に線香を立て、般若心経をあげる。日頃の感謝の気持ちを伝える。うちは分家になるので、その後、本家の墓参りも行う。こちらは父が生きていた時によく家族そろってお参りした墓だ。祖父が風化しつつあった祖先の墓を、新しくまとめる形で建て直した。幼い頃から私はこの墓に慣れ親しんできたのだった。

     家に戻り、再婚相手が作ったカレーを頂く。そして午後から、早く仕事を上がれた母、再婚相手、祖母と私、全員で出掛ける。
     初めに地元の観光名所、錦帯橋近くの古道具屋へ。再婚相手が何かを物色したいと言い出したからだ。錦帯橋のかかる錦川は桜の名所で川の両岸には数え切れない桜が満開だった。この地出身の作家、宇野千代さんの作品でもよく語られる風景である。しかし再婚相手は自分の買い物に目星がつくと、そそくさと次にいこうと車を動かす。桜の季節に地元にいることは一体何年振りのことだろうか。少しゆっくりしたいとも思ったが、もめるのもアレだ。おとなしくついていく。
     続いて、国道2号線沿いにある「山賊」へ。その名の通り、山賊屋敷と呼べる巨大な古民家を装って作られた炉端焼きレストランだ。地元では勿論有名であり、また遠距離ドライバーにもよく知られた店である。
     ここの名物の、おむすび、竹串を刺して炭火で焼いた鳥の足を買う。いずれも大きいのがウリ。山の緩やかな傾斜全体が敷地なので、店全体ではかなり広い。その敷地内に炉端焼き、茶屋等で店が分かれている。阿弥陀堂や大きな池、そして滝まである。その中で何と言っても、あちこちに点在する山桜が見事だった。
     普通ならここで食事を頂くだろう。少なくとも私ならそうする。しかし再婚相手のわがままで全てお持ち帰り。食べ物に関わらず、必要な買い物は全て買い込み、全て家に持ち帰る。その現場でこそ栄える物もあるのに、そういうことには一切興味がない。自分の城である自宅に持ち込んで、その中の1部として扱いたいという。あくまでもお山の大将のような人なのだ。食事にしても物にしても、その背景を通じて感動を大きくしたいと思う私とは、本当に真逆なのだ。
     
     帰りの車内、さすがに私も不機嫌だった。こんな視野の狭い男に到底物の良し悪しなど分かるはずがない。せいぜいケースが付いているからいい、汚れてないからいいなどと言う、世間に流布する事務的な価値感に振り回されているのが関の山だ。だんだん腹が立ってきた。
     
     そんな無言だった車内に、再婚相手がCDをかけた。「Goodbye Day」。来生たかおだった。
     懐かしい。20数年振り? 
     小学生高学年の頃だったか、私はちくのう症になり、母に送り迎えしてもらいながら、暫くの間遠くの耳鼻科に通っていた。その時、いつも母が車の中でかけていた数本のテープ。はっきり覚えているのが、シンディ・ローパー。そして、来生たかお。

     つい今まで苛立っていた気持ちがスッと消えた。
     20年以上も前のことが、はっきりと思い出される。耳鼻科通いの帰路、助手席から見ていた家までの道のり。すでに夕飯の時間帯でいつもお腹が減っていたこと。母に父の前で煙草を吸うと喧嘩になるから止めるようにと言っていたこと・・・等など。
     
     あれからいろいろ変わってしまった。けれど、思い出したこの感覚は何故か今の自分とそう遠くない。私はちっとも変わってないのかな(笑)。

     背中にあたる西陽が、暖かく気持ちいい。


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