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Resistance in Life !

「生き方としてのレジスタンス!」と言ったら大袈裟だけど、そうありたいな〜って、ちょっぴりまじめに考えている、30代半ばの、とあるオッサンの日記です。
http://www.teruyuki-tanaka.net/
4月のテーマ「戦略は細部に宿る」
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カプーアの竜巻と、誤った期待
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     ホテルで朝食を済ませ、ゆっくり歩いて「OPEN Realization Art Space」へ。着くと、ちょうど昨晩ここに泊まったアーティスト達が食事に出掛けるところだった。
     私は一人残り、自分の荷物の整理、そして作品で使う小道具の準備。「来る前から全て準備しておけば。何もこんなところで」と、いつもながらに呑気過ぎる性分を痛感。どうしようもない。
     そんなこんなしているうちに、日本人参加作家の西島さんもホテルからやって来た。気分転換も兼ねて一緒に昼食に。近くの食堂に入ったが、頼んだ数品は餃子以外辛いものばかり。

     その後、798藝術地区のギャラリー散策。歩いていると、見たことのある顔を見かけた。携帯電話で話しながら歩いており、忙しそうな様子。東京都現代美術館の住友さんだった。
     まさかこんなところでと声を掛ける。聞くと、国際交流基金などが中心で主催する、日本の現代アートを紹介する展覧会のために来ているのだそうだ。展覧会名は「美麗新世界」(Beautiful New World)。目下最終準備段階、オープニングは数日後とのこと。
     と同時に、私がパフォーマンス・フェスに参加することをご存知だった。ポスターで見たという。そういう些細な情報であっても見逃していない。さすが、やり手だと思った。住友さんが絡む展覧会場は3つ。くしくもその1つは、パフォーマンス・フェス会場の真ん前。目と鼻の先なので、時間が空いた時は見に来てくれるという。
     そして隣にいらっしゃった作家の田中功起さんを紹介してくれた。新進気鋭の作家として、最近何かとメディアで名前を見かける方だ。こんなに若い方とは思わなかった。

     その後、気になっていた作品を見に行く。インド人作家でイギリス在住のアーニッシュ・カプーアの作品。昨日話したアーティスト達がこぞって面白いと評していたからだ。
    カプーアの竜巻
    カプーアの竜巻
     ギャラリーを入ると、大きな螺旋状の壁。それに沿って歩く。まるでリチャード・セラの作品を思わせる。大回りから小回りへとその螺旋の中心に辿り着いた時、驚かされた。床から10メートル以上もある天井に向かって細長い竜巻が発生している。しかも常時だ。
     天井には大きな配管が設置され、気流を引っ張り上げている。床下の板の間から気体が立ち登っていた。ドライアイスか何かで冷気のような目に見える形で気体を起こしているそうだが、その仕掛けは定かではない。
     昨日からいくつもギャラリーを回ってみた中では、一番面白い作品だった。大仕掛けで奇抜。しかしちゃんとディスプレイ化されている。大作家ならではの、驚きに満ちながらも卒の無さ。

     「イメージするもっと中国人らしい、力強いダイレクトな作品が見たい」この2日間で数名もの日本人に出会った。そこから聴いた声だ。一見するとポリティカルポップ紛いのものが目立つこともあり、私も同感ではあった。だがそういう人たちの中には「カプーアの竜巻はどうだ。形は違えどああいうのを中国人にも期待していた」という声も出た。
     話した日本人たちが指した強さとは、8,90年代の中国のアートシーンをカタログか何かで見て、その雰囲気を言っているようだった。カプーアの作品はダイレクトではあるが、全て計算済みなものだ。卓越の極みに他ならない。
     かつての中国のように、開発心が先に立ち、その結果が顕わになって作品と化したもの。カプーアのように、コンセプトから立ち上げ、ある程度の結果を狙った確信犯的作品。つまり、区画整備前の出来事や意志と、その下地が完成した上で初めて載せられるアイディアやスタンス。この2つは明白に異なる。

     今の中国アートシーンを見て、いったい何年前の姿を自分たちの期待として押し付けているのだろうか。日本だって未だに現代アート黎明期のまま変わっていない訳ではない。
     物事は移り変わっていくという時系列的な観点からも、またその結果としての作品を見た判断も、全く見誤った主張には呆れ果てるしかなかった。
     
     
     
    | - | 23:19 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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