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Resistance in Life !

「生き方としてのレジスタンス!」と言ったら大袈裟だけど、そうありたいな〜って、ちょっぴりまじめに考えている、30代半ばの、とあるオッサンの日記です。
http://www.teruyuki-tanaka.net/
4月のテーマ「戦略は細部に宿る」
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8th OPEN International Performance Art Festival
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     フェスティバル初日。14時より、OPEN Realizationにて、「8th OPEN International Performance Art Festival」が、いよいよ始まる。
     
     始まる前の会場では、ビールやワイン、ソフトドリンクが振舞われていた。日本と違い、入場料もドリンク代も無料。和やかな雰囲気。一般客に交じって、北京で活動している作家や国際交流基金の企画で来ている日本人作家もいる。
     まずはオーガナイザーのチェン・ジンの挨拶。引き続きパフォーマンス。と言っても、本人は会場にいない。突然映像が壁面に映し出され、チェン・ジンはその中にいた。
     この意表をつく始め方が、ある意味で象徴的だった。何がそうだったかと言うと、「体を張った表現をするのが、中国人パフォーマンスアーティストの醍醐味」というレッテル、もしくは希望的観測を持つものの期待に沿わなった点だ。あくまでも、中国人作家は「あなた方の勝手な思惑に縛られてませんよ」なのだ。
     これは中国人作家からの見解ではない。私個人が、「こうあらねばならない」と自分のエゴを押し付ける日本人に対し、「ざまぁみろ」と思ったまでだ。誤解を恐れずに言うと、例えば東京に住むものが、田舎はいつ行っても田舎のままであってほしいという勝手な理想、つまり都会人のエゴ。これに共通する感覚が根底にあるようで嫌気がさす。本来はそこに住む人たちの諸条件に根ざした発展があるはずだ。
     個々の表現が良いか悪いかは別として、現在の北京に根ざした表現の模索とは何か。評論家ではないので、各アーティストの表現から反対に遡る形で、捕らえてみたい。そして日本の現アート界では決して考えられない、この北京の異常とも言えるアートシーンの正体は何なんだろうか。その潮流と今後にも興味が沸く。

     
     以下、本日の参加アーティスト。

    (1)Chen Jin(中国) (2)Zhu Yanguang(中国)(3)Mideo M.Cruz(フィリピン)(4)Liu Hai(中国)(5)荒井真一(日本)(6)Ma Shang+Bi Xiaobo(中国) (7)Mongkol Plienbangchang(タイ) (8)Wang Chuyu (中国) (9)Peter Grzybowski(ポーランド) (10)Xu Dian(中国) (11)Dai Guangyu(中国) (12)Zhao Juntao(中国) (13)Zhang Yiwang(中国) (14)西島一洋(日本)
    Chen Jin
    Mideo M. Cruz
    Zhu Yanguang
    荒井真一
    Peter Grzybowski

     初日が全て終了し、打ち上げ。チャーターされたバスに乗り、打ち上げ会場に。着いた先は、ジャングルを模した大きなレストランだった。
     出番を終えたピーターはテーブルに食事が並べられても、ほとんど手をつけない。相当疲れたのだろう、ひたすらコックリと居眠り。その隣でホン・オボンは「こんなレストランは韓国にはないですよ」と言って、大はしゃぎ。

     私の出番は明日。早く終えて、ゆっくり飲みたいものだ(笑)。

     
     
     
     
    | - | 23:58 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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