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Resistance in Life !

「生き方としてのレジスタンス!」と言ったら大袈裟だけど、そうありたいな〜って、ちょっぴりまじめに考えている、30代半ばの、とあるオッサンの日記です。
http://www.teruyuki-tanaka.net/
4月のテーマ「戦略は細部に宿る」
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成長
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     本日フェスティバル3日目、最終日。
     2日間を振り返って、昨日の取りをつとめた若きミャンマーのアーティスト、モッサの作品に胸がジーンとなった。勿論バックボーンとしてミャンマーという国柄があるものの、それを超え、希望に基いて生きることを、改めて問いかけるものだった。

     さて、本日の出演者(出演順)。

    (1)He Ling(中国) (2)Hong O-Bong(Korea) (3)Bai Chongmin(中国) (4)田上真知子(日本)(5)Hang Yan(中国) (6)Aung Ko(Myanmar) (7)Wu Weihe(中国) (8)Paul Couillard(Canada) (9)Chaw Ei Thein(Myanmar) (10)Mideo M.Cruz(Philippine) (11)Watan Wuma(台湾) (12)Martin Renteria(Mexico) (13)Po Ju(中国) 

    Hong O-Bong
    Chaw Ei Thein
    Watan Wuma
    Po Ju

     トップバッターは何玲。昨日の買い出しでは、本当に世話になった。そのお礼もあり何か手伝おうと申し出たが、大丈夫の一言。その代わり彼のカメラで記録写真を撮った。若さが全面に出たシンプルな作品。人間的にスジの通った男なので、歳を重ねるごとにどんどん優れていくことだろう。これからが楽しみだ。
     田上さんが屋外でパフォーマンスを演っている際、久しぶりに黄鋭さんにお会いした。まだ日本にお住まいになっていた時、香港、マカオ公演等、何かと面倒見て頂いた。その後中国政府の拘束もとれ帰国。798藝術区の立役者にもなった彼は、現在中国アート界の重要人物であり、英雄的存在である。

     この日は元々、12名による12作品だった。しかし本人の願い出と、オーガナイザーのチェン・ジンの機転で、もう1作品増えた。13番目にPoJuが演ることになったのである。
     PoJuは昨日私のセッティングをいろいろ手伝ってくれた若者である。彼の熱意と柔軟性、誠実な性格。それをチェン・ジンがちゃんと見て、当日にも拘わらず機会を与えたのだろう。その眼差しと判断力に感心。と同時に、彼の最初のパフォーマンスに立ち会えることは嬉しい。
     ペイントして地面につけた片方の掌を、思い切りレンガで叩く。レンガの破片が飛び散ると同時に血が滴った。その痛々しさに、観客が一斉に引く。「成長」と題した彼のこの作品は、今ある自分という「真」への純粋な投げかけだった。

     「生き様」を問う作家は多い。
     昨日のモッサの作品もそうだった。個人的な感想を言えば、モッサの問いかけに対し、何と言うか、ノスタルジイーを喚起させられた。「人として振り返ってみろよ」という感覚を突かれたからである。
     それに対し18歳のPoJuは、等身大の自分をさらけ出す素直さだけ。「今」の自分に真正面から向き合う。尾崎豊の歌のようとでも言えば分かってもらえるだろうか(笑)。そのピュアさが怖くもあり、逆に尊くも思われた。

     PoJuの出番が終わったところで、イベント全てが終了。やれやれだが、まずはPoJuの手当てだ。誰かが薬を持ってきてくれる。そして私がそのあとに気にかけたのが、パフォーマンスの痕跡をどう残すかだ。手形や血のついた布地、また砕けたレンガも何とかコラージュのようにして平面か、立体でもいい。何とか保存したいと思った。
     これはただの記念という訳ではない。勿論それもあるが、ここ数日間北京に居て分かったことは日本と違い、パフォーマンスの写真、或いはそれに近い形でパフォーマンスに付随した平面も、アート市場でよく売れるということだった。パフォーマーはそれをエディション化し、生活の足しにしている面もある。
     即、金に結びつける訳ではないが、ささっと捨ててしまうのは勿体ない。PoJuの生活もある。だが、どうするかは彼が決めればいい。今後彼は間違いなく大物になる。その第一歩の目撃者として、記録を留めたかったまでだ。

     打ち上げの席。隣に座るPoJuは、手の痛みと共にまだパフォーマンスの余韻が残っている様子だった。皆んなから、もうその類の行為はやらないようにと言われている。勿論そうだ。そして何かハードルを越えた時の心地よさが、こちらにも伝わってくる。

     新たに、自分に向けて、また表現というものに向けて、或いは、もっともっと広く冒険してみたい。

     複雑な前向きさが、溢れている。
     
     
    | - | 23:28 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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