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Resistance in Life !

「生き方としてのレジスタンス!」と言ったら大袈裟だけど、そうありたいな〜って、ちょっぴりまじめに考えている、30代半ばの、とあるオッサンの日記です。
http://www.teruyuki-tanaka.net/
4月のテーマ「戦略は細部に宿る」
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15年戦争
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     イベントが終わり、くつろぎの朝。タイのアーティスト、モンコは、デッキ状になっているギャラリーの入口付近で、ゆり椅子に座ってリラックス。
     全体的にゆっくりの雰囲気。今日は皆んなフリー。早起きした連中からは、天安門広場に観光に行こうという話が持ち上がっている。
     外の空気を吸っていると、正面の日本の現代アートを紹介する展覧会場から、東京都現代美術館の住友さんが出てきた。私のパフォーマンスも見てくれたという。また彼らの展覧会は今日がオープニング。「時間あったら来てよ」とお誘い。今から天安門に行くと伝えると、昨日の夜中あちらのメンバーで行ってきたという。全ての準備が整ったので、彼らの間での景気付けだったのだろう。

     天安門広場に行きたいというアーティストの人数が多かったので、主催側はマイクロバスを用意してくれた。それに乗り込み出発。どこに座ろうかな。一番前の助手席には、フィンランドの女性アーティスト、イナリが座っていた。私は助手席のイナリと運転席との間の空きスペースを選んだ。シートこそないので少しお尻は痛いが、眺めは特等席だ。
     急速に発展する北京の街並みを眺めながら進む。珍しいもの、気になるものを見つけると、「あれ何、これ何」とイナリに聞いてみる。当然イナリは知るはずも無い。「何とかじゃない?」「分からないけど面白いわね」と返答がくる。彼女の正確な年齢は知らないが、言わばお婆ちゃんではある。でもこの真ん前に座るように、好奇心いっぱいの人なのだ。
     天安門に向いながら、私とイナリは波長が合うことが分かった。しかもお腹をこわしている点でも同じだった。バイキンが体内に入る原因は手が汚れていること。それでお腹がおかしくなったのかしらと、除菌のスプレーを手にかけてくれた。私も除菌のウエットティッシュを携帯しているよと告げる。そして以前アフリカに通い詰めていた話、キリマンジャロに登ったエピソードを聞かせてくれた。私も近いうち、キリマンジャロに登りたいと思っているので、具体的に問い詰めるように聞きあさった。

    イナリと私

     そして到着。まずは皆んなで天安門で記念写真。各人のカメラでそれぞれ撮るので、時間がかかる。そのうち知らない人も交じりたいとやって来て、ちょっとした大騒ぎ。天安門広場の方へ行きたかったが、案内してくれるスタッフの先導で、故宮博物院の方へ。
     故宮博物院、ラスト・エンペラーの暮らした紫禁城である。北京に観光に来た人は必ず訪れるメインスポット。映画で見ていたので、一度来たかった場所だ。
     入ったところで、まずは腹ごしらえ。しかし皆んな席が違ったので、この時点で何人かがバラバラになってしまった。そしてトイレへ。さらにバラバラに。奥の入場ゲートで何人かは合流出来、料金を払って入場。
     紫禁城。はっきり言って、ガッカリだった。入ってすぐの物凄く大きな広場では、イベント用のスピーカーから大音量でテストが行われている。建築的には歴史的建造物なのに、来年のオリンピックに向けて全体的に建て替えたり、色を塗り直したりと、リニューアルの真っ最中。まさに「さっき、やりましたけど」って感じだ。
     
     そんな状況も見つつ、進む。ただ、ここは本当に大きい。折り返す形で路地のようなところに入ると、ラストエンペラー、溥儀が暮らした建物があった。そしてその近くには、西太后の暮らした建物も。やっぱりある程度知識は必要だ。それがないと楽しめないなと思った。
     出口付近でハグれたメンバーとも遭遇。案内してくれたスタッフが、別行動になっていたイナリに大丈夫だったか聞く。彼女はすぐさま「独りで世界中のあちこち行ってるのよ」。
     迎えの車が遅れたこともあり、今度はすぐ後ろにある景山公園へ。小高い山の頂上に登ると、四方から北京中心部が見渡せた。風もあり、気持ちのいい場所だ。ガイトブックに載っている写真は、ここから撮られたものが多いと分かった。

     帰ってくると、井上さんが来ていた。国際交流基金主催の日本の現代アートを紹介する展覧会に行ってきたという。今朝住友さんから誘われた展覧会である。オープニングにまだ間に合うというので行ってみる。
     会場入口で住友さんに会う。有難うと握手。作品を見て回る。著名な作家、若手作家と幅広い人選でバラエティに富んではいる。しかし傾向としては似ている感がある。プラスティックな感じ?とでも言えばいいのか。そういう意図なのか。
     会場内で、ワン・ゴンシンとリン・テンミャオに出会った。約10年振りの再会。なつかしい。私は当時美術館スタッフとして彼らの作品設置を手伝った。世界中回っている彼らが私を覚えている理由は、その展覧会が彼らの出世の切っ掛けでもあったからだ。「その時の出展作家は皆んな大物になり、大金持ちだよ」とのこと。今や彼らも中国現代アートのパイオニアである。

     この日本の現代アート展に関しての意見は、賛否も含めいろいろ聞いた。しかし私が何より思ったことは、個々の作品や展覧会全体の構成等ではない。「住友という男が、この時点で北京に仕掛けた仕事、それそのものを目撃出来たこと」が、良かったと思っている。
     別におべっかでも何でもない。ほぼ同じ歳、初めて会った頃はまだ学生だった彼が、現在進行形で勝負する様に触発されるのだ。私もどんどん勝負したいと思う。テンションや問題意識、これからのビジョンに対し、アドレナリンが湧き出てくる。
     そして、いつかは住友さんとも勝負したいと切望する。キュレーターとして、彼がどういうネクスト・ビジョンが打ち出せるのか。また一作家として、私がネクスト・ビジョンをどう打ち出せるのか。
     現時点では、彼とは経験上圧倒的な差がある。彼の方がはるかに闘っている。私はもっともっと冒険していきたいし、しなければいけない。

     15年後の円熟期には、彼とハレーションを起こすような闘いをしたい。

     15年戦争。これは、私からの一方的な宣戦布告だ。
     

     
    | - | 23:09 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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