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Resistance in Life !

「生き方としてのレジスタンス!」と言ったら大袈裟だけど、そうありたいな〜って、ちょっぴりまじめに考えている、30代半ばの、とあるオッサンの日記です。
http://www.teruyuki-tanaka.net/
4月のテーマ「戦略は細部に宿る」
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臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ
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     作家の大江健三郎さんの講演を聴きに出掛ける。
    「臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」というタイトルの中篇小説が先日出版され、それを記念した講演だった。

     私は取り立てて大江ファンではない。それどころか、これまで大江さんの作品を全く読んだことがない。では、どうしてここに出掛けたのか。それは大江さんのこの最新作が、エドガー・アラン・ポーの詩に想起され、出来上がったものだと聞いたからだ。
     今までほとんど小説を読んで来なかった私だが、小学高学年から中学生にかけて、ポーの作品を読みあさった時期がある。もちろん現在も大好きな作家の1人である。それで、大江さんがどうポーに啓発されたのか。たとえ作品を読んでも伺い知れない、言わば創作裏話を聞いてみたい。
     
     会場に着くと、先着順にこの本を買った方に、大江さんのサインが頂けるという。私も並ぼうと思えば、ぎりぎりサインを貰えるところではあったが、並ぶのは止した。特に熱狂的なファンでもないし、折からの金欠である。この本はすぐにでも読みたいが、今は辛抱するしかない。
    (後日、ここでサインされた本がネットオークションで1万円以上も上乗せされ落札されていた。やっぱ投資すべきだったかなぁ(笑))。
     
     さて、大江さんのお話は、さすが文学者という着眼点が溢れていた。
     義兄にあたる故・伊丹十三さんとのエピソードでは、読んだ文章を頭の中で映像化していく伊丹さんに対し、大江さんは全く逆。映像に変換しない。折角の文学的イメージなのに目に見えるものだけに限定してしまうとは、何とつまらないことか。伊丹さんに叱られながらも、そう主張。作家のタイプは違うが浅田次郎さんも、以前テレビ番組の中でこれに近い意見を言っているのを見た。
     そして大江さんが今作品を書き始める切っ掛けは、ポーの「アナベル・リイ」の原文と、敬愛する日夏耿之介氏が手掛けた翻訳との違いに感動したことだという。日夏氏の言葉はただの翻訳ではなく、むしろ創作と呼べるもの。その素晴らしさを具体的にこの形容詞だあの単語だ等々と挙げ、英語と日本語との間に起きる言葉の運動を説明。聞いていくうちに、原詩と訳詩を対等に扱いたかったという思いと、その重要性が理解出来てきた。
     そこからさらに突き進んで、インターフェイスな生き方、詩人は言葉でそれを発見していくこと等、興味深い話が続いていった。

     講演後近くに来られた。猫背に、赤ら顔。物書きの特徴なのか_。酒好きなのが伺い知れる。先日お話を聴いた堺屋太一さんも飲ん衛の顔だった。

     小金が入ったら、早速読んでみようと思う。
     


     
    | - | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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