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Resistance in Life !

「生き方としてのレジスタンス!」と言ったら大袈裟だけど、そうありたいな〜って、ちょっぴりまじめに考えている、30代半ばの、とあるオッサンの日記です。
http://www.teruyuki-tanaka.net/
4月のテーマ「戦略は細部に宿る」
日比谷の派遣村
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     久々に岡本君と会うことに。
     彼とは長らくゆっくり話していないのと、昨年11月の「フーロビン展」のオープニングに急遽駆けつけてくれたお礼を言いたかった。
     忙しい最中と聞き、会う場所は相手の都合のいい所で良かったが、敢えて日比谷にしてもらった。理由は、昨年末から続いている日比谷公園内に設けられた「年越し派遣村」を訪れるため。
     派遣村に行くのは、決して物見遊山な気持ちからではない。私とて、生計の立て方としては紙一重の生活で、全く人事ではない。そして何より「どうなっているんだ、どうしてこんなことが起きてしまったのか」ということを知りたい。また岡本君は若者の労働状況や働く意識に興味があり、共同での著書もある。現職もその関係だ。彼の意見も聞いてみたかった。

     訪れてみると、テレビニュースで見た光景がそのまま。公園内のこの一角に着くまでは感じなかったが、改めて人の多さに驚く。またここで余儀なく生活させている方々の多くは、40代、50代の年齢層に見受けられた。若者ではないが、決してお年寄りでもない。適職に就いていれば、きっと働き盛りの頃だろう。そのせいか、野宿的な厳しい生活の中にも、何かしらの力強さも感じる。
     思わず、かつての山谷地区を想起させられる。もちろん私は世代的に当時を直に知らない。昨今訪れたり、映画「山谷・やられたらやりかえせ」から推察するのみ。
     ついそう思ってしまうのは、この現場も映画同様、途中経過の現場だからだ。先は見えない。が、見えないだけだ。決して無い訳ではない。いや、万が一無いとしても、それならば、作っていくしか選択肢はないのだ。大きな不安と一途な望みが、うねりを起こしている真っ只中。

     そんな中、派遣村の運営に携わる方から、村民の人たちに告知。一時的に就寝場所として開放させていた厚生労働省の講堂が、明日の朝から利用出来なくなる。今後どうするのか。先程、厚生労働省の担当者と話し合った結果を報告するというものだった。
     拡声器を使って行われた報告を聞き逃さまいとたくさんの人が集まり、話し手を中心に集会場が出来上がった。説明の最中、後方からは、野党の政治家がぞくぞくとやって来た。そして拡声器の前に並び、民主党の管さんから順番に、政府へ今後の対応要請や批判を主張し始めた。他、社民党、共産党、国民新党、新党大地と、1時間余りで集会は閉じた。
     厚労省との交渉結果や各政治家の話では、明日大きな動きがあり、村民の生活そのものが改善がされる。そして、今後の生活にも何かしらのバックアップ策が採られるという。派遣村のリーダーの方々、役人、政治家、そして世論で、やっと緊急回避となる。
     

     夕方前だが、やっぱり肌寒い。
     そんな中、この村の運営やボランティアに関わる全ての人の懸命さ、尊さは言うまでもない。前向きにリーダーシップを発揮し、困難な折衝を取り仕切る方々。物資の調達、炊き出しをする方々。全て寒空の中での崇高な行動。
     そして、村の人たちの表情を見ていると、個々の人生ストーリーを思わせられる。現在一時的にここに同居しているだけで、過去も違えば、やはり未来も違う。個々人がこれからをどう生きていくのか。
     また、この派遣村なる救済の枠の外には、もっとたくさんの人たちがいるだろう。

     マクロ的な要因やミクロ的な事情が複雑に入り混じり、現在、現状がある。この場を踏んで、少し分かったこともあれば、膨大に分からないことも多い。どうしてこうなったのか。ニュースや新聞でいくつかの説は知っている。
     だが、今日はここで私個人な統括の羅刹はしない。
     今言えることは1つ。脳みその現状認識の1ページに刻みつけた。

     その上で、私は私でいる。


     
     

     
     
     
     
    | - | 23:04 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    己と闘い、己を愛す
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       1月1日。元旦。
       今年も長野の忠のウチで、新年を迎えた。
       朝9時ごろ、隣の部屋で子供のはしゃぐ声で目が覚める。襖を開けてのぞくと、1歳ほどの忠の次男が奥さんとテレビの前で遊んでいた。

       昨夜は忠の作る年越しそばを彼の親父さんもご一緒に食べた。この時期に、敢えて冷たいそば。これも恒例。ただ忠は3歳になる長男がインフルエンザのため、一足先に付き添って寝て、私と親父さんとでいろいろ世間話。
       そんな流れと、子供の声で目覚めたせいもあり、何だか例年よりも和やかな雰囲気。昨日もこちらに着いてからは特に何もせず、こたつでお婆ちゃんとこの家でついたお餅を食べて、ゆっくり。
       10時過ぎにはご家族皆さんそろって、御とそで乾杯、お雑煮を頂く。その後もおしゃべりやテレビを見たり。何年もお世話になっているせいか、くつろげるのも自然体。一人暮らしでしがない日常を送っている私には、嬉しい限り。有難いの感謝の一言だ。
       午後、忠と次男と私の3人で、近くの布引観音へ初詣に。例年大晦日から元旦にかけての深夜にお参りに来ていたが、今年は長男の病気もあり、この時間に出掛ける。急な山道を登った先にあるこのお寺だが、よく考えてみれば、明るい時間に来るのは初めてだ。「暗闇の中通っていた道はこんな風だったのか」と、一歩一歩踏みしめながら思った。そして何よりも空気がきれいだ。冬場の燐とした空気感もあり、まるで泉から湧き出る清水のようだった。

       夕食後、忠と語る。が、途中私がどうしてもNHKの経済特番を見たいと言い張り、一時中断。その後、再開。

       衣食住に満ち足りた、とてもリラックス出来た一日。その雰囲気を与えてくれる要因は紛れもなく、「家族で過ごす時間」にあるのだろう。他人の私ですらその気持ちを分かち合ってくれる心の大きさが、改めて心にしみる。
       しかしその贅沢におぼれつつも、私は一匹狼として生きていける権利も行使しなければならない。いや、そちらが本業なのだ。そして、私が真にその精神に則って何かを起こすことで、ひいてはお世話になっている人たちに恩返しが出来る、皆が夢見る機会を提示したい。金銭的なお返しは無理にしても、少なくとも金で買えない、そんな覚醒を捧げたい。
       そのためには、何より自分と闘わなくてはいけない。そして、自分というメディアを通して他人に貢献しようとする自分であるならば、何より己を愛し、叱咤激励しなければならない。

       皆さん、今年も思い切り、生き抜きましょう!!!

       
       
       
       
       
      | - | 23:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      噴煙をあげる浅間山
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         大晦日。
         いよいよ今年2008年も最終日。

         朝9時過ぎ、池袋発、長野県小諸市行きのバスに乗る。隣接する東御市に住む同じパフォーマンスアーティストの友人、忠のうちで新年を迎えるためだ。有難いことに、ここ数年、盆、正月とご厄介になるのが、すっかり恒例となっている。

         バスの中で退屈しないようにと、たくさん本を持ってきた。どれを読もうかなとカバンをまさぐっていると、まず手帳が出てきた。明日からの来年2009年用にと先日買ったもの。まだ今月のところに若干の書き込みがある程度だ。読書の前に、来年の抱負でも書いておこうと眺めてみる。
         「今年やりそびれたことを、是非来年こそは!」と思う。では、今年何が出来て、どんなことが持ち越しになったのか。来年のカレンダーではなく、すでに過去となった今年の日付に目がいった。
         思い出せる範囲での出来事を付け加えてみる。決して自分が望む時間の使い方ではなかった。しかし、とても忙しかった。年齢に見合わず肉体労働のバイトをやったせいか、体重は8キロ前後も痩せた。経済的には「ゆとり」と言える一年ではなかった。にもかかわらず、本業の作品発表もほぼ月一と、ここ数年では多い年でもあったのだ。

         「フィールドワークが足りない」。
         わざわざ考え込むまでもない。やはり、そう結論。11月にタイに作品発表に出掛けた際、改めてトラウマになってしまったほどだ。付き合い上、短期間にもかかわらず、2つの展覧会へ参加。はっきり言って失敗だった。何が失敗だったかと言えば、スケジュールや金銭的なことではない。いつもそうだが、作品の発表の場があればいい、ただそれだけというのは、大嫌いなのだ。
         私にとって大事なのは、「自分にとって、感動や成長に対する何らかしらの覚醒」なのだ。そうでなければ、事は始まらない。いちいち語らなくてもその理念を共有出来る人間、或いはそれが無理ならそういった意識現場を創り上げてからでないと、何をやるにも、つまらなさ過ぎる。先だってのタイ遠征は、行く前も、そして行ってからも、それがなかった。
         その反省から、来年は付き合いをそこそこにし、活動の内外に拘らず、やってみたいことに素直に挑戦する。ただ、それのみだ。

         そうこう思いふけっているうちに、窓の外には、大きな浅間山。その姿はまさに雄大。山頂からはモクモクと煙が上がっている。膨大な量が空に放たれ、雲と化している。
         バスを降りるまでの数分間、進行方向が変わり、浅間山は見えなくなった。それでも噴出した熱い雲の先端が、私の向かう方に先回りしていた。
         

         
         
        | - | 22:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        筑紫哲也さん 追悼
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           午後から赤坂のグランドプリンスホテルで催された、ジャーナリストの筑紫哲也さんのお別れ会へ。
           訪れた方々がたむけた何百もの白いカーネーションが連なる。そしてその先に筑紫さんの大きな遺影。改めて亡くなられたことを強く実感する。  

           私も献花し、手を合わせた。ほんの数回だが、気さくにお話させて頂いたことを思い出す。筑紫さんは政治にも経済にも文化にも精通し、しかも現代アート通でもあった。私はずっとそんな筑紫さんに憧れていた。
           以前筑紫さんの講演会に出掛けた際、ご本人を前に初めて自己紹介をさせてもらった。しかしその時の私の活動は停滞していた。お誘いする展覧会やイベントなどの予定はなかった。「是非来てくださいよ」と言えない。せっかく稀に見る好奇心満々の人がいるのに、何の手招きも出来ない。憧れの人を目の前にして、何とも惨めだった。
           その翌週、またも筑紫さんと会う機会に恵まれた。しかしこの時も「来てください!」と、声を掛ける活躍の場は全く持ってなかった。
           行動というカードを常に持ち合わせていない自分が、ここまで情けなく思えた日は今までなかった。
           しかもその日は、帰りの電車でも同じ車両に。私は思わず気がつかない振りをして背を向けたが、何と偶然にも、筑紫さんは私の隣にやって来て、連れの人と立ち話を始めた。
           筑紫さんが私のことをさっきの奴だなと、気付いたかどうか分からない。だがこちらの胸の内しては、自分の情けなさから、即、扉を開けて車外に飛び逃げたい気持ちだった。
           
           そのくらい、知性と好奇心と行動を武器に飛び回る、この大の大人へ憧れていた。今でもその気持ちは変わらない。

           お亡くなりになられる最後の最後まで、本当に格好良かった。

           もちろん、私の中では、筑紫さんはこれからも生き続けていく。




          | - | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて
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             渋谷のユーロスペース。朝一番の回で、「ベルリン・フィル 最高のハーモニーを求めて」を見る。

             素晴らしいの一語。 
             2005年、ベルリン・フィルが行ったアジア6都市ツアーに密着したドキュメント映画。コンサート本番やリハーサルのシーンも圧巻だが、それ以外の時間で撮られた各ミュージシャンへのインタビューが、とにかく面白い。ベルリン・フィルの一員としての自覚やモチベーション、その持続のさせ方。そして世界一のオーケストラたらしめる協調性。果ては個々人の生い立ちや境遇に至るまで、至極のコメントだらけなのだ。
             詳しくは見て頂きたい。映画館での上映中に見られない場合、2009年3月にはDVD化されるとのことなので、それででも見て頂きたい。

             映画の作りとしては、特に目新しい訳ではない。よくあるドキュメンタリーの構成。しかし扱う素材が素材だけに、それだけで十分過ぎる見物になってしまうのだ。また同時に、あたかも風のように自然な形で被写体にアプローチ出来た監督や撮影スタッフの腕には、思わず惚れてしまう。

             普段はジャズ好きで、クラシックとは距離を置いてきた私であるが、今日この日、この映画を見たことを機に、クラシック音楽と密につきあうことを決めた。

            | - | 23:55 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |