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Resistance in Life !

「生き方としてのレジスタンス!」と言ったら大袈裟だけど、そうありたいな〜って、ちょっぴりまじめに考えている、30代半ばの、とあるオッサンの日記です。
http://www.teruyuki-tanaka.net/
4月のテーマ「戦略は細部に宿る」
ソウル・オペラ「魔笛」を観て
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     夕方から久しぶりに、東京国際フォーラムに出かける。
     ホールCで、ソウル・オペラ「魔笛」を観た。

     事前知識がなかったためか、観る前とその後では、私の印象はガラリと変わってしまった。
     鑑賞後に無条件にうなずけるのは、この作品のホームページで紹介されている事柄や、各著名人が鑑賞後に寄せたコメント。つまり西洋オペラがアフリカン・テイストに生まれ変わることで、返ってこれこそが、モーツァルトが望んだオリジナルの真の世界観ではないか。そう想起させる生命感や躍動感。
     楽器をマリンバやスティールドラム等に、歌唱は時にクラシック、R&B、ゴスペルと多様化しながも、ほぼ忠実にモーツァルトをやる。そのとんでもなさと迫力。決してクラシック党でもなく、このオリジナルの概要ほどしか知らない私でさえ、つい、そうだそうだと言ってしまいたくなる。

     だがその一方で、個人的には少し肩透かしを食らった感もある。
     わざわざチケットを買って足を運んだ本当の理由は、もっともっと呪術的で、シャーマン的な仕上がりだと思っていたからだ。
     クラシック・オペラがピリミティブで儀式的なものに置き換えられる。始まる間際まで、そんな前代未聞さを期待していた。しかし、それは全くの私の思い込みであった。
     まあ少し考えてみれば、そんなエポックなもの、だいたい東京国際フォーラムでやれるものではない。またローレンス・オリヴィエ賞なるロンドン演劇界の最高勲章を受賞したこと自体、いわば、王道で勝負し王道を制した作品なのだ。

     悪い意味は微塵もなく、オペラだった。舞台構成の随所に緻密さが垣間見られ、シアターワークの極みと位置づけられるオペラのフレームを感じさせる。また役者兼歌手のアスリートとしての鍛錬、その集積が、結果として感動に結びついていく。
     メイド・イン・南アフリカという触れ込みに、もしかして自分の既成概念をも揺すぶられる出し物ではないか。
     そんな私の個人的期待は、始まって早々、間違っても、変り種とは言わせない、確固たるプロフェッショナルなドキュメントに押し流されていった。

    | - | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    とり止めもないが、和やかな一日
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       午後、移動の電車の中で、先日ブックオフでたった100円で買った本を読み始める。
       「バクダッドへの道」。詩人の有馬たかしさんが2001年12月、米軍のイラク攻撃前のバクダッドで行われた「マルビット詩祭」に参加、そのエピソードを綴ったものだ。
       出だしから驚く。読み始めたばかりなので、内容についてではない。イラクに出かけたこの年、有馬さんはちょうど70歳。決して若いとは言えない年齢にもかかわらず、そのバイタリティーは凄い。いい歳の取り方をされてるなと思う。
       
       神田でやぼ用。その後、喫茶店で読書。

       帰宅後、スティービー・ワンダーを聞く。なぜか今更ながらにハマッている。すっと入ってくるメロディ、ストレートな歌詞は、心を素直にしてくれる。
       寒さが増してきたせいか、郷愁めいたものをくすぐられる。





      | - | 23:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      久々のブログ更新
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         唐突ながら、久々にこのブログを再開したいと思います。
         何故かって?
         特別な理由はありません。でも敢えて言うなら、この1年忙しく過ごしてきた中で、自分自身に対する定点観測が余りに足りない。そんな思いが確かにあります。
         果たして自分は成長したのか。自らの哲学を磨けたのか、いや、それ以前に培えたのか_。
         年の瀬に、こんなことばかりを考えています。

         おっと、なんか堅苦しい感じになってしまいましたが、物書き好きの私が、日々の出来事をトツトツと書くだけです。昨年やっていたブログと同じ、というよりも時間的に長文は無理なので、もっと簡単に、言いたいことの箇条書きってな感じですね・・・。

         宜しくです!!!
        | - | 18:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ
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           作家の大江健三郎さんの講演を聴きに出掛ける。
          「臈たしアナベル・リイ 総毛立ちつ身まかりつ」というタイトルの中篇小説が先日出版され、それを記念した講演だった。

           私は取り立てて大江ファンではない。それどころか、これまで大江さんの作品を全く読んだことがない。では、どうしてここに出掛けたのか。それは大江さんのこの最新作が、エドガー・アラン・ポーの詩に想起され、出来上がったものだと聞いたからだ。
           今までほとんど小説を読んで来なかった私だが、小学高学年から中学生にかけて、ポーの作品を読みあさった時期がある。もちろん現在も大好きな作家の1人である。それで、大江さんがどうポーに啓発されたのか。たとえ作品を読んでも伺い知れない、言わば創作裏話を聞いてみたい。
           
           会場に着くと、先着順にこの本を買った方に、大江さんのサインが頂けるという。私も並ぼうと思えば、ぎりぎりサインを貰えるところではあったが、並ぶのは止した。特に熱狂的なファンでもないし、折からの金欠である。この本はすぐにでも読みたいが、今は辛抱するしかない。
          (後日、ここでサインされた本がネットオークションで1万円以上も上乗せされ落札されていた。やっぱ投資すべきだったかなぁ(笑))。
           
           さて、大江さんのお話は、さすが文学者という着眼点が溢れていた。
           義兄にあたる故・伊丹十三さんとのエピソードでは、読んだ文章を頭の中で映像化していく伊丹さんに対し、大江さんは全く逆。映像に変換しない。折角の文学的イメージなのに目に見えるものだけに限定してしまうとは、何とつまらないことか。伊丹さんに叱られながらも、そう主張。作家のタイプは違うが浅田次郎さんも、以前テレビ番組の中でこれに近い意見を言っているのを見た。
           そして大江さんが今作品を書き始める切っ掛けは、ポーの「アナベル・リイ」の原文と、敬愛する日夏耿之介氏が手掛けた翻訳との違いに感動したことだという。日夏氏の言葉はただの翻訳ではなく、むしろ創作と呼べるもの。その素晴らしさを具体的にこの形容詞だあの単語だ等々と挙げ、英語と日本語との間に起きる言葉の運動を説明。聞いていくうちに、原詩と訳詩を対等に扱いたかったという思いと、その重要性が理解出来てきた。
           そこからさらに突き進んで、インターフェイスな生き方、詩人は言葉でそれを発見していくこと等、興味深い話が続いていった。

           講演後近くに来られた。猫背に、赤ら顔。物書きの特徴なのか_。酒好きなのが伺い知れる。先日お話を聴いた堺屋太一さんも飲ん衛の顔だった。

           小金が入ったら、早速読んでみようと思う。
           


           
          | - | 23:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          悲しき「オレ流」
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             夕方、秋葉原に出掛けた。
             量販店のポイントカードを使って買い物をしにいく。今のところポイントは2万5000円分。贅沢を言わなければ、そこそこの物は買えるはずだ。
             今回の使い道は最初から決めていた。アップルのIPODか他社のMP3プレーヤー。それがうまくいかないのなら、デジカメを買い換えようかな。それ以上を望むとかえってこれに金額をプラスしなければならない。今そんな余裕はない。

             前々から超小型のプレーヤーは欲しかった。軽くて、かさばらない。移動中も便利。通勤通学のみならず、ジムでもこれをTシャツの襟や腕の部分につけ、聴きながら運動する人をよく見かける。あんな風に身近に音を楽しみたいなあと思っていた。
             とは言え、私は予ねてからメカ音痴だ。また詳しくなるつもりもないので、最初から店員に値段を告げ、ある程度ピックアップしてもらう。要は値段と使い勝手が過不足なければいい。物に対しての拘りは、以前からほとんどないし、増してやコレクター壁など全くだ。
             店員をおちょくりながらの買い物。いくつか薦めてもらったものに初心者としていろいろと質問する。小一時間たった頃には、何だかんだ商品知識がついてしまった。ケース等の若干のオプションも買い足し、ギリギリ無料の範囲内で収める。

             ただ問題はここから。持って帰って、即使うことは出来ない。というのも先月のタイ遠征等で、今月はやりくりが大変。次に収入が入ってくるまで、何とか持たせなければならない。自分で買ったものだが、うかつに封を開けて簡単に私物には出来ない。いざという時には、ネットオークションに出したり、質屋に持って行くことも視野に入れとかないと。その切り札として取っておくことにする。

             よくよく考えてみると、高価な?(私にとって)買い物をした後、そのまま自分で使うことは少ないかも知れない。一旦、プールして、ひょっとしたら、いつでも手放せる「暫定状態」に一旦しておき、期間取ってから晴れて自分自身で使う。このパターンがわりとある。

             悲しき「オレ流」ですな・・・。


            | - | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |